毎回サイダーやクラフトビールに関わるゲストを迎えて、日本における黎明期とも言える「サイダーカルチャーの現在地と未来」を探るインタビュー・プロジェクト。第七弾は、 秋田県横手市十文字町にある『Hostel&Bar CAMOSIBA』 が立ち上げたハードサイダーブランド『OK,ADAM』代表の阿部 円香さんをお迎えして、サイダー造りへの想い、美味しいという感覚の捉え方、人と人が繋がる空間のつくり方など、幅広くお話をお聴きしました。

A : 阿部 円香 (OK,ADAM 代表)
T : 橘 史子 (サイダーメイカー / Green Neighbors Hard Cider)



人と人が混ざり合い
人も場も醸されるような場所

T:りんごを発酵させて造るお酒は、国内ではシードルと呼ばれることが多いですが、ハードサイダーという名称にこだわって呼ぶ理由は何ですか?

A:クラフトシードルやクラフトサイダーなど様々な呼び方をされるようになってきてはいますが、それでも国内ではシードルという名称を使用した方が一般的には耳馴染みは良いと思います。しかし、私たち『OK,ADAM』が目指したいのはアメリカンスタイルの自由なカルチャーを背景としたものなので、米国式であるハードサイダーとこだわって呼んでいます。

T:やはり意識的にこだわりを持っていたのですね。阿部さんとハードサイダーの出会いはどのような経緯からだったのでしょうか?

A:最初に知ったのはりんごとホップを使ったヨーロッパスタイルのハードサイダーをインスタグラムで見たことでした。もともと私はクラフトビールの大ファンでいつかは自分で造りたいと思っていたのですが、国内のブルワリーは増加の一途を辿っており、いずれそれらも淘汰されていくだろうと思っていました。そうした状況下だったので「横手の周辺は果物がよく採れるのでフルーツビールでも造ってみようかな」くらいに軽く考えていましたが、私自身あまりフルーツビールが好きではないので二の足を踏んでいる状態でした。そのような時、ハードサイダーの存在を知ったのです。最初に飲んだのは、近所で売られていた『REVEREND NAT’S HARD CIDER』。試しに飲んでみたら凄く美味しかったですね。


T:『OK,ADAM』では新しいサイダリーをオープンされるそうですが、自分たちで醸造所を持ちたいと思った契機は何だったのでしょうか?

A:自分たちでいつかは造りたいと思っていたので、最初から醸造所は計画に入っていました。また、私たちの周りには生産者の方々が多くいるので、飲み手とつくり手が混じり合うような交流の場としてのサイダリーになったらという想いもありました。

T:新しい醸造所ではどのようなハードサイダーを造る予定ですか?

A:搾汁の機械を入れる予定なので、旬のりんごを使用したフレッシュなハードサイダーを造りたいと思っています。また、以前、農協で行っているりんご農家さんたちが集まる会にお邪魔したのですが、そのような方々と一緒に仕込みもしてみたいですし、私たちが醸造を習ったオレゴンのサイダリーの方々を呼んで一緒に造れたらと考えています。

T:『Hostel&Bar CAMOSIBA』では、人と人が混ざり合って、人も場も醸されるような場所になればいい、というコンセプトがありますが、実際の現場でもお客さんや農家さんたちとの繋がりが現れているように感じます。これはゲストハウスにバーが併設されていることが大きいと思うのですが、こうした着想はどこから得たのでしょうか?

A:研修で働かせてもらったゲストハウスがバーを併設しているところで、そこではバーのみの利用客と、ゲストハウスに宿泊したゲストが混ざりあって、ひとつの場を形成していました。実際そのような体験を目の当たりにしたことが大きかったと思います。また、単純にゲストハウスだけでは採算が取れないとも思っていました 笑。

T:場が混じり合うように、阿部さんの方からお客さんに積極的に話しかけたり、何か工夫はされているのでしょうか?

A:いいえ、基本的に私は遠巻きに見ている感じです 笑。というのも秋田県人は全般的にはわりと内向的な方が多いのですが、横手市十文字町は歴史が浅く、人の流れもあるせいか、外からのゲストにあまり抵抗がない印象があります。だから自然にお客さん同士が仲良くなっていく。私はそれを外から見守っています 笑。


T:ゲストハウス設立の資金調達に一部クラウドファンディングが使われていましたが、なぜそのような手法を利用したのですか?

A:資金を調達するということが一番の動機でしたが、クラウドファンディングを通じて応援してもらいリターンを返す過程の中で、将来のお客さんがつくれるかもしれないとも考えました。そして、実際、クラウドファンディングのページを見てきてくださる方が未だにいらっしゃるので、最終的には資金としてのお金を集めるよりも、宣伝効果の方があったように感じています。

T:『OK,ADAM』のメンバーは、どのようにして集まったのですか?

A:立ち上げメンバーはそもそも飲み友達でした。友人に一言「お酒を造りたい」とぽろりとこぼしたら、「私も造りたい」と乗ってきてくれた人がいて、そこからハードサイダーのプロジェクトが動き出しました。その一言から一年間ぐらいで一気に人が集まってくれて自分でも驚いています。


T:大学生と一緒に行なっているりんごの作業体験「アップルキャンプ」にとても興味があるのですが、一体どのような仕組みなのですか?

A:そもそもは『Hostel&Bar CAMOSIBA』オープン当初に来てくれていたりんご農家さんたちと、りんごの作業体験ができたらと話題にあがっていました。初夏なら摘果作業、秋なら葉摘作業など人手が必要な作業を一緒に行うという企画です。実際始めてみると、特に初年度は県内の大学に通っている留学生が多く来てくれました。せっかく秋田に来ているのに、意外と大学に缶詰状態で地域の人々と交流を持てない留学生が多くいたのです。結果、私たちも非常に助かりました。

T:宿泊する拠点があって、体験があるという流れがないとなかなか実現が難しい企画ですよね。私も大学生だったら参加したかった 笑。

A:ぜひ参加してください 笑。私たちも宿泊機能があることは強みだと思っています。だから新しくつくるサイダリーの方も宿の機能は持たせようと考えています。3階建ての1階に醸造所をつくって、その別棟にはサウナを付けて1棟貸しができるようにしたい。というのも、十文字町は秋田に住んでいる人たちでさえわざわざ来るような場所ではなく通過するところだと思っているので、足を運んでもらいお酒を飲んでそのまま宿泊してほしい、という想いがあります。




人の繋がりを大切にして
独創的なアイデアを結実させる

T:去年に続き今年も『OK,ADAM』、『遠野醸造』、そして、私たち『Green Neighbors Hard Cider』の及川の三者で、ハードサイダー「D.A.V.」を造りましたが、そもそもどのような経緯で醸造することになったのですか?

A:最初は『遠野醸造』の袴田さんを介して及川さんを紹介してもらいました。その後、及川さんが私たちの『Hostel&Bar CAMOSIBA』に宿泊していただいた時に「いつか一緒に醸造しよう」という話題があがりました。それからコロナによるパンデミックが起こり、『遠野醸造』のタンクが一つ空いていたので、「タンクを一つ使って仕込みをしませんか?」と及川さんからお誘いいただいたのが契機です。

T:及川からの誘いだったのですね。実際に「D.A.V.」を仕込む時の材料はどのようにして決めたのですか?

A:せっかく異なる三者で醸造するので、それぞれの個性が出るハードサイダーが良いと思いました。その頃、及川さんは弘前の『もりやま園』へ醸造の研修に行っていたので、『もりやま園』の強みである摘果りんごと、十文字町の名産であるさくらんぼを組み合わせることにしました。それに、『遠野醸造』のホップと技術をプラスして、各々が持っている特性を持ち寄って造りました。


T:現在、『OK,ADAM』のスタッフである倉田さんが『もりやま園』へ研修に行っていると聞きました。研修先として『もりやま園』を選んだ理由は何でしょうか?

A:『OK,ADAM』が造りたいハードサイダーに近いものを造っているというのが一番の理由です。ブルワリーも考えましたが、自社で農園を持っていて、かつシードルをメインに通年醸造していることが魅力的だと感じたのです。

T:『OK,ADAM』の面白さとして、台湾茶を原料にした「BAO」など、独創的なアイデアのハードサイダーが多いということが挙げられると思いますが、こうした着想はどこから得ているのですか?

A:一体どこから得ているのだろう 笑。「BAO」に関しては私が台湾に行きたいという気持ちが大きく、台湾茶を使用してみたいと以前から思っていました。そうした想いの中、去年、試しに洋梨のハードサイダー「UNKNOWN」に混ぜて飲んでみたらとても美味しくて。本当は今年の洋梨シーズンを待ちたかったのですが、どうしても待てなくて台湾茶のみで造ってしまいました 笑。情報のアンテナという意味では、農家さんと交流する中で、吸収するようにしています。もちろん、季節のものを仕込もうとすると、タイムラグが出て難しかったりするのですが、なるべく関わりがある農家さんや生産者さんの原料を使用していきたいと思っています。


T:「D.A.V.」で使用したさくらんぼは、農家さんから収穫時期の連絡が直接入ってくると聞きました。このような近い関係性をどのようにして築いていったのでしょうか?

A:もともと『Hostel&Bar CAMOSIBA』のお客さんということが大きいと思います。農家さんとお話するまで、私はりんごの種類が多様であることさえも知りませんでした。『Hostel&Bar CAMOSIBA』を通じて、そのような情報を知ったり、農家の方が他の農家さんを繋げてくれるようにもなりました。人の繋がりを大切にすることによって、生産者さんとのネットワークが広がり、情報や材料をいただくことができています。

T:「D.A.V.」も含め、人の繋がりを大切にしているからこそ、独創的なアイデアが結実するのですね。これから造られるハードサイダーも楽しみにしています。




アダムとイヴが食べた
禁断の果実のように

T:『OK,ADAM』からリリースされているハードサイダー「swallow」のイラストレーションを見た時、凄くエモーショナルな感性を感じたのですが、自分たちがつくりたいものをつくるために、何か意識していることはありますか?

A:私が東京で就活を始めた時、興味があることや好きなことが多すぎて一つの職業を選択することが難しい状況でした。すべてを満たせるものはないかと色々探しまわったのですが、そのような都合の良いものはなく、それならば、自分でそのような場をつくってしまえば良いと思うようになりました。私は外で働いた経験もなく、何か飛び抜けたスキルがあるわけではありません。だから多くの人に助力してもらい何とか『Hostel&Bar CAMOSIBA』という事業を立ち上げることができました。ですから、ハードサイダー事業は、周りに助けてもらうばかりではなく、少しでも彼らに還元したり、彼らと同じ目線に立ったプロジェクトにしたいと思っています。もちろん私の好みも入っていますが、様々な人と共同して楽しみながらやっていきたい。

T:通常であればマーケティングが先にあってお客さんに合わせてつくっていきますが、阿部さんの場合、その時一番フィーリングとして良いものをストレートに表現することを大事にされているように感じます。そして、それに共感する人たちが集まってくる。良いカルチャーが生まれる時のバイブスを感じます。その姿勢はサイダーカルチャーの本質を体現しているように感じました。『OK,ADAM』もそのようなフィーリングを感じるのですが、このネーミングはどこから着想を得たのでしょうか?

A:ブランド名は何かしらりんごを想起させる言葉がいいと考えていましたが、直接的な表現はしたくありませんでした。そこでアダムとイヴがエデンの園を追放されたとされる神話から着想を得て、絶対食べてはいけないと言われていたのに食べてしまった禁断の果実、りんごのように、どうしても食べたい、口にしたい、と思えるものをつくりたいと思って『OK,ADAM』としました。

T:そのような感性が『OK,ADAM』の情緒性へと繋がるのかなと思いました。阿部さんは幼少の頃、どのような子供だったのでしょうか。友人が多かったり、みんなを率いていくタイプだったのですか?

A:あまり自分からみんなを率いていくようなタイプではなかったですね 笑。矢面に立って引っ張っていくようなタイプではなく、2番目、3番目くらいがちょうど良くて、副部長とか副委員長というポジションが好きでした 笑。


T:そうなのですね。でも、だからこそみんなが安心して、自由に振る舞えるのかもしれないですよね。最後に他のアルコールに比べると認知度が低いハードサイダーをこれから飲まれる方に一言いただけますか?

A:未知なものは不安や恐怖があるかもしれません。それでも手に取るという選択をしてくださった方は、新しいものへの好奇心を持っている、フロンティアスピリットが強い方だと思います。そうした開拓者のマインドをもった方々に私たちは様々な美味しさの形を提供していきたいと思っています。美味しさというものは、様々なものを食べたり、飲んだりする体験から学んでいくものだと思いますので、そうした味覚の拡張ができるようなものを造りたいですね。ですから、失敗を恐れず、臆病にならず新しいものに向き合っていきたいと思っています。また、ハードサイダーはそもそもアメリカ発祥のアルコールではありますが、原料は日本人が親しみやすいりんごを使用しているので、きっとクラフトビールのように国内でも続いていくカルチャーになると思っています。現在進行形で進む、このサイダーカルチャーの黎明期を一緒に楽しんでもらえたら嬉しいです。

T:阿部さんは美味しいという感覚をとても大切にされている方だと感じます。美味しさは味覚に限定されず、様々な側面を総合して判断されるものだと思いますので、これまで生きてきた中で美味しいという体験をとても大切にされてきたのだろうと思いました。

A:美味しいという感覚を他の動物や昆虫が持っているかわかりませんが、私は人間の感覚の中で共通して持っているポジティブな感覚だと思っています。例えば嫌なことがあったとしても、美味しいものを食べれば紛らわすことができるというように。食べ物だけでなく、美味しい時間や美味しい音楽という考え方もありますよね。そのような総合的な体験をハードサイダーを通して感じてもらえたら嬉しいなと思います。

T:非常に共感します。美味しいと感じる時、アドレナリンが凄く出ますよね 笑。

A:あの瞬間は本当に「生きてて良かった」と思います 笑。『Green Neighbors Hard Cider』が来夏に造るハードサイダーも今から楽しみにしています。